カフェの窓際。午後の光がテーブルに斜めに差し込んで、彼女の頬を白く照らす。
透きとおるグリーンアイを持ったハーフの女性。
名前は水島リリー。
私が所属するヨガスタジオの会員さんの中でも、お店の開業当初からいる古参の会員さんだ。
私はカフェラテを口に運びながら、彼女の話に耳を傾けていた。
「最近、生徒さんの体形、変わってきてるんじゃない?」
彼女は軽い調子で言う。けれど、口元に浮かぶ笑みとは裏腹に、目は鋭く光っていた。
「……あのプロテインの話ですか?」
リリーさんは小さく頷いた。
「ええ。改良を重ねて、今のはほぼ完成形。美容サプリの延長だけどね。女性ホルモンをマイクロカプセル化して配合した“機能性プロテイン”よ。筋合成を促すBCAAやイソフラボンと一緒に作用するから、ただのエストロゲン投与よりもずっと自然で、体に馴染むの」
私は思わず息を呑んだ。
彼女が経営する美容サプリの製造・販売をする会社の新商品。以前から治験という形でデータを提供するかわりに、うちのスタジオの生徒さんに試供品を無料で配っていた。
今回の試供品が女性ホルモン入りのプロテインというわけだ。
「女性ホルモンを……プロテインに混ぜるなんて、本当にできるんですか?」
「技術的には難しくないの。まぁまだまだ市販品にできるレベルじゃないけど、被験者に配るくらいなら十分。毎日のヨガと合わせれば、女性らしい体つきに加速していくんだよ」
リリーさんはカップを傾け、紅茶の表面をゆらりと揺らす。
私は少し背筋を冷やした。
「確かに、私のレッスンに参加して下さっている会員さんの体つきは、よりしなやかになってきています」
「でしょ?」
彼女はタブレットを取り出し、スライドを見せてきた。
画面には折れ線グラフ。体脂肪率の推移、ウエスト‐ヒップ比、バストトップ‐アンダーの差。どれも数字が右肩上がりに整っていく。
「すごい……」
私は指先で画面をなぞる。
確かに、ビフォーアフターの写真は嘘のように変わっている。肩のラインは細く、頬は柔らかく、顔つきもより女性らしく美しくなっている。
その時、リリーさんは声を落として囁いた。
「……もし男性が飲んだら、どうなると思う?」
私は半ば冗談のつもりで聞いた。
「その場合、やっぱり……おっぱいが膨らむんですか?」
「理論上はね」
彼女は笑った。
「男性器はテストステロン依存で維持されているから、エストロゲンが優位になれば自然と縮小する。乳首は女性ホルモン受容体が多い部位だから、すぐにぷっくりと肥大すると思う。胸腺脂肪が刺激されれば、バストが形成される可能性も高いわ」
私は息を詰める。
「……リリーさん、私のレッスンに来ている鈴村侑久(すずむら ゆきひさ)さんってわかります?」
私は思わず口にしていた。
「あぁ、小柄で可愛い子ね。華奢で、女子に混じっても違和感ない……」
彼女は目を細める。
「……彼に飲ませたら、どうなりますか……?」
リリーの笑みが深くなる。
「いいサンプルになるわね」
◆
準備はあっけないほど簡単だった。
まずは他の男性会員さんに告知する。
『この日は女性限定ヨガですのでご参加いただけません』
もちろん、鈴村さんには伝えない。
次に常連の女性会員さんにメッセージを送る。
『この日は一人だけ男性が来ます。でも心は女性だから安心して。本人はまだ恥ずかしがっているので、優しく応援してあげてください』
彼女たちはすぐに了承した。
『そんな子がいるんだ!』
『うんうん、最初は恥ずかしいよね』
『私たちでフォローしてあげましょう』
その反応に、私は内心で息を整える。
舞台は整った。
リリーさんは言った。
「環境さえ与えれば、あの子は自分から堕ちていく。気づいたときには戻れないわ」
私は頷いた。
「じゃあ、あとはその日を待つだけ」
カレンダーに赤い丸をつけた日が、じわじわ近づいてくる。
小さな陰謀の歯車が回り始めた。
◆
そして――いよいよ、その日が来た。
スタジオの扉が開く。
小柄な影が、少し戸惑いながらマットを抱えて現れる。
「今は多様性の時代です。女性らしい体を手に入れたい方も、いらっしゃいますからね。大丈夫ですよ」
私はインストラクターとしての笑顔を作った。
【2章へつづく…】
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