(前回)

新たな年が明けたというのに、喜多川海夢の心は晴れないままだった。 年末に行われたコミック・マーケット、俗にいう『冬コミ』で自身の想い人である五条新菜との間に明確な距離が生まれていた。 今だってそうだ。 タタンタタン、タタンタタンと揺れる電車はどんな時でも狂いなくリズムを刻んでおり、それは新菜...
冬の昼は太陽が出ていてもどこか薄暗い印象を与えるものだ。
それは東京の駅前でも同様で、それでも人が多いために嫌になるような喧騒が広がっていた。
不規則なはずなのにその数が多すぎるあまりにどこか規則的に聞こえてくる行き交う人々の足音は、まるでこの都市が一個の生命体であるように血液の脈動のようだった。
そんな群衆が雑多に交差していく中で一人、ビスク・ドールを連想させる、触れれば壊れてしまうのではないかという恐怖を覚えてしまうような、そんな美しい少女が立っていた。
『乾紗寿叶』。
名前まで儚げな美しさを持った、目を瞠るような美少女である。
成人男性の胸元にも届かないのではないかと思う低い背丈に、やはり成人男性が大きく手を広げればその手のひらに顔が収まってしまいそうな小顔に、スラリとした高い鼻と大きな目が特徴的なその幼気な外見から察するに、恐らくは小学校高学年か、あるいは中学に入りたてといったところだろう。
ただ立っているだけで父性と母性が刺激され、同時にどうしようもないほどに卑劣な欲望を刺激してしまう存在である紗寿叶は、しかし、その実態は来年には大学受験を迎える高校二年生であった。
改定された成人年齢に当てはまるのなら、一年後には紗寿叶は大人として扱われるような年齢というわけである。
紗寿叶は自分の姿がどのようなものかをよく知っている。
白いブラウスはその小さな肩にフリルがついており、膝丈のプリーツスカートはふわりと広がってその未成熟な腰つきを隠しているようだった。
さらに、その細い脚は黒いタイツで包んだ上で上品なローファーを履いており、今の紗寿叶の姿で露出されている肌はその小さなお手々と可愛らしい顔で、清楚でありつつもラフな服装であるはずなのに、紗寿叶の周りだけがまるで演劇のステージであるかのように、周囲の視線を惹きつけて止まない。
そのように、服を選んだ。
自分のような子供っぽい顔のチビが、いかにもセクシーな、それも体のラインを出るようなスラリとした服を着ても、いくら愛する家族や親しくなった友人がその美しさを褒めてくれても、噴飯もののチグハグ感が生まれてしまうだろう。
もちろんだからといって、いかにも『平成女児』といった感じでキャラクターもののプリントシャツやゴテゴテとしたバッジを着けたカバンをつけるのも、肌に合わない。
この外見に不満はないが、だからといってコンプレックスを抱いていないわけではない。
それが紗寿叶が抱く自身の外見に対する、嘘偽りない本心からの想いだった。
「……遅いわね、喜多川海夢」
そんな風にセルフプロデュース的なコーディネイトも心得ている紗寿叶は周囲の視線を集めて止まない。
どこか堂々とした態度で立っている上に、見ようによっては女子小学生と取れなくもない紗寿叶にナンパ男などはまだ寄ってきていないが、ロリコンとはどこにでもいるもので、時折ゾクリとするような不快で粘着質な視線を感じてしまう。
元々人混みが苦手――というよりも嫌いな紗寿叶は、それでも趣味の『コスプレ』を通して得た、友人と呼ぶには少々苦手意識が先立つ知人を待っていた。
その人物はどうもコミュニケーションの距離感や気分を高揚させている際の口調が苦手なタイプではあるのだが、だからといって、嫌っているわけではない。
本当に、ただただ、紗寿叶が勝手に苦手意識を持っているだけなのだ。
「ジュジュサマ~♪ おまたせしてごめんなさ~い♪」
噂をすれば影が差すという言葉があるように、紗寿叶がその人物を思い浮かべていると、額に汗を流しながら一人の美少女が現れた。
『喜多川海夢』。
その名前の通りに、夢を見ながら現実を生きているのではないかと思うほど常に楽しげな笑みを浮かべているその美少女は、紗寿叶からすれば羨ましくなるほどに素晴らしいモデル体型を持った、このように生きられれば楽しいだろうという美少女ギャルだった。
その長い脚を見せびらかすように丈の長いミニスカートを履き、大人びたラインを描いているデコルテと艷やかな肩のラインを見せびらかすようにオフショルダーのセーターを着た上で見るからに高価そうなコートを羽織っている。
その細い首にはシルバーのアクセサリーがついた黒いチョーカーを巻き付けており、綺麗に染色している金髪を揺らしながら迫ってくる海夢は、紗寿叶が時々欲しくなるもののすべてを持っているように見えた。
「別に。今来たところだもの。日にちを指定したのこちらだし……何より、喜多川海夢も仕事をしてたんでしょう?」
「え~、わかります? 思ったより撮影が押しちゃって! マジごめんなさい!」
そんな自分の中の薄暗い感情を、色んな人が愛してくれるこの姿を侮辱するような想いを誤魔化すように、『私はあなたよりも大人なのだ』と言わんばかりに紗寿叶は平然と嘘をついた。
そんな紗寿叶の様子に対して、海夢は人懐っこい大型犬さながらに笑みを浮かべて、紗寿叶の頭にその豊満で形の良い乳房を押し付けるように抱きついてくる。
年上であり尊敬する相手であり、何よりもその大きすぎる愛情を持っている海夢にとっては『推し』の一人とも言える紗寿叶に対してこのように甘えてくる向きがあるのだ。
エスカレーター式の品格ある女子校育ちであった紗寿叶にとって、この異様なまでにパーソナル・スペースを詰めてくる相手は未知の相手とも呼べる存在だった。
紗寿叶はそれ自体をさほど嫌いではなかった、苦手ではあるが。
「それで、心寿について話したいことって、なに? あの子が私の頭を飛び越えて、あなたに相談をしてることがあるっていうこと?」
紗寿叶が海夢に呼び出されたのは、自身の愛する妹のことについてだった。
心寿は紗寿叶とは正反対の成長著しい178センチの高身長で、さらに胸やお尻などが凹凸に満ちているという、実に中学生離れした破壊力のあるスタイルの持ち主である。
そして、コスプレという共通する趣味を通じて出会った喜多川海夢に妙に懐いていた。
それが紗寿叶には面白くなかった。
同い年に仲の友人ができたり、後輩にお姉さんぶったりするようになったり、明確に社会に出ている大人に気を許すのならば微笑ましく思えるが、姉である自分以外の年の近い女性を慕っている姿は、はっきりといってジェラシーを抱いてしまう。
そのこともあってか、紗寿叶は海夢から心寿に関しての相談なる連絡が来たことで、即日出会うという約束をしてしまったのだ。
「ですです、そんな感じです♪ 心寿ちゃんもコスにハマっちゃったみたいで、特に男装! それでぇ、私の知り合いがいい感じの小道具とか撮影道具とかを持っててぇ……あとスタジオの伝手とかその他諸々にも顔が利く人で。心寿ちゃんも紹介してあげたいんですけど、まだ中学生ですし、まずはお姉さんのジュジュサマを通すのが筋かなぁって! だから、ジュジュサマにはその人に会ってもらいたいんです!」
そんな紗寿叶が密かに抱いている対抗心をまるで知らずに、海夢は相変わらずのニコニコとした機嫌の良さそうな笑みを浮かべて言葉を続ける。
よほどその人物のことを信頼しているのだろうということが、ただでさえお気楽な海夢の身体から楽しそうな気配が溢れかえっていた。
「……そうね。あなたが言うのならば悪い人ではないのでしょうし」
紗寿叶が全肯定できる海夢の部分があるというのなら、その趣味に対する姿勢ぐらいだろう。
決してストイックだとか厳格だというわけではないが、そこに生じる『楽しさ』とか『歓び』のような素朴な部分では、言葉にすれば本来は相容れない『スタンス』であるはずの紗寿叶もなぜだか憎めないぐらいには、紗寿叶なりの本気とは異なる、海夢なりの本気を感じ取れるのだ。
だからこそ、そのコスプレを通じて海夢が受け入れている相手ともなれば、会うぐらいはしても良いと思った。
その見ず知らずの人物を信じるのではなく、海夢を信じるという理屈だ。
それに、そうやって海夢を通じて出会った人物とは、『合わせ』のコスプレイベントで出会った人物たちに信頼が置けた実績があるというのも、紗寿叶の脚を向かわせた大きな理由である。
「……ねえ、あなた。そのチョーカーってどうしたの? 見たことないし、そのアクセサリーのロゴも知らないデザインなんだけど?」
そんな中で、紗寿叶は海夢が首に巻いたチョーカーに目をやった。
年頃の少女である紗寿叶は大小はともかくおしゃれに関するものには興味を抱く年齢であり、そんな紗寿叶が思わず目を引いてしまうほどには、そのチョーカーはセンスを感じる独特のデザインをしていた。
上品な黒さを持った首輪にはその喉に突きつけるように『K』と『G』のアルファベットを模したアクセサリーがついており、恐らくはそれがそのロゴとなるものなのだろうが、紗寿叶の知識には存在しないものである。
「これ~、実は今から会う人がデザインしてる、オリジナルのチョーカーなんですよ~♪ 世界でなんと……えっと、今は何個あるって言ってたっけかな? まあ、とりあえず三桁行かないぐらいまでの数しかない超レアチョーカーで~す、めっちゃアガる~♪」
「へぇ……」
実に嬉しそうなその声に対して軽く頷いたが、紗寿叶はそのチョーカーに違和感を覚えた。
海夢の気の抜けた笑顔はいつも通りのように見えるが、どこか違うニュアンスを感じており、それがあのチョーカーから漂っているように感じたのである。
そうして、二人は駅前の雑踏を抜けていき、人混みを外れた路地裏にひっそりと佇んでいる喫茶店へとたどり着いた。
古びたビルの群れに潜むように存在する、その隠れ家風の喫茶店は、『ミスティック・ルージュ』といった。
室内は天井が少々低く、照明も薄暗い。
入店した海夢は迎え入れた店員と会話をしており、その女性店員もまた海夢と同じチョーカーを身につけていることから、相当に仲が良いということを感じられた。
漂うアロマの香りは、見知らぬ人物に出会うこととなる紗寿叶の緊張を解すような柔らかな香りを放っており、その『知る人ぞ知る』という雰囲気は紗寿叶の美的センスに心地よく響いてくれるものだった。
そうして、紗寿叶は少しだけリラックスした状態でその人物と対面することになったのである。
「…………男の人だとは、聞いていないんだけど!」
「あれー、言ってませんでしたっけ?」
だが、それも入室したボックス席の個室に居た人物を見るまでだ。
てっきり、『男装をしたい心寿に会わせたい人物』という情報から勝手に同性である女性だとばかり思い込んでいた紗寿叶にとっては予想外なことに、その人物は男性だったのである。
先も言ったが、紗寿叶が在籍しているエスカレーター式の女子校は格式高い伝統ある有名校で、男性の職員もいない訳ではないがそれ相応の、はっきりと言えば、生徒を誘惑しないために『面白みがない』ことを求められた結果として四角四面な職員たちだ。
「おおー、『ジュジュ』さんって本当に実在したんだ……っと、失礼。有名人に会えて、ちょっと興奮しちゃいました。
改めまして……どうも、『黒崎透真』です。分け合って本名で活動させてもらってて、モデルやってるんですけど、今は制度を使ってオタク関係のスタートアップ企業を起業しちゃったりもしてます。仲介業だったり、グッズ展開だったり、そんな感じの。よかったら名前だけでも覚えて帰ってくださいね」
「やだ、トーマさん! それじゃあモデルでも社長でもなくて漫才師みたいですよぉ!」
しかし、目の前の男は見覚えのあるオタクグッズの小物を身につけているものの、やはり喜多川海夢同様に洗練されたファッションセンスで身を飾った――――絶世の美男子だった。
外見的な偏差値で言えば紗寿叶はその黒崎透真なるイケメンに負けないほどの奇蹟の美少女なのだが、男性との交流経験がほとんどないために、その美貌に思わず気圧されてしまう。
紗寿叶はパーテーションで区切られて外からは見えなくなっているそのボックス席に座りながら、目の前の黒崎透真への緊張に、カバンに備え付けたキーホルダーを、『フラワープリンセス烈!!』のメインキャラクターであるブラックリリィを強く握りしめた。
(黒崎透真……本当に、びっくりしちゃうぐらい顔立ちが整ってるわね。喜多川海夢と並ぶとカメラ越しに見てる世界みたい)
薄暗い照明が透真を照らして、その整った輪郭を浮かび上がらせている。
明確な美形であり、恐らく身長も妹の心寿よりも、友人である五条新菜よりも高いだろうし、顔が小さいことで余計にそれを強く意識してしまう。
それでいてどこか自然体な印象を与えるその立ちふるまいは、コスプレなどを通していない素の状態での男性という印象を感じさせ、その存在自体が女子校育ちの紗寿叶には、あまりにも刺激が強すぎるものだった。
「それで、海夢ちゃんから聞いたんだけど……乾さんの妹さんについて、少し営業というか、うちの会社の施設を紹介したいんです。妹さんは男装にも興味があって、でもまだ中学生だから使える金額はもちろんだけど、年齢的にも不安がありますよね。そこで、うちは未成年のレイヤーに向けて、会員制のスタジオを開いているからそこを利用してもらうのはどうかな、というのが海夢ちゃんからの提案です」
「あたしも入ってま~す♪」
そんな紗寿叶の緊張を感じ取ったのか、透真は妙に親しげな雰囲気ではなく、紗寿叶のことを一人の大人として接しているような柔らかな態度で語りかける。
そういった距離感を詰める動きは海夢に任せながら、透真は穏やかな笑みを浮かべて一冊の冊子をテーブルにおいてきた。
コスプレスタジオの案内のようである。
「会員制のスタジオ……未成年だけが利用可能なんですね」
「利用者の年齢で限定させてもらう分だけ金額も少し嵩むし、それに色々と揉め事を避けるために持ち込みのコスや小道具も制限させてもらうことになるけど、警察とも連絡を取っているし、定期的に見回りにも来てくれる場所に作れた。安全面では問題ないはずだよ」
「これからジュジュサマは受験でしょ? 心寿ちゃんもジュジュサマの引率を任せるわけにはいかないだろうしぃ、それに高校生になったらここでお手伝いとしてバイトもできるんですよ~♪」
「……なるほど」
紗寿叶はその冊子をめくりながら、海夢が勝手に注文してしまった聞き慣れない名前のお茶をゆっくりと口に含んでいく。
(あっ、美味しい……?)
聞き慣れない名前をして嗅ぎ慣れない匂いをしているそのお茶は、舌に乗せる爽やかな味わいが広がり、喉を通ることで紗寿叶の頭をスッキリとさせてくれた。
その結果もあってか、透真との会話は非常にスムーズに進んでいく。
同時に、紗寿叶は気持ちが高揚していることも自覚した。
目の前の男性は自分のことを子供扱いせず、それどころか妹の保護者として扱ってくれていることに、紗寿叶自身が喜びを感じているのだ。
海夢も時折楽しそうに相槌を打ったことで、この場の空気自体が明るくなっていたことも紗寿叶心を心地よくさせているのだろう。
「こんな感じかな。妹さんには乾さんのほうで説明してもらって、なにか疑問があったらまたここに連絡をしてください。僕じゃなくて海夢ちゃんでも大丈夫かな、カノジョには専属で広告モデルにもなってもらってるから、詳しいよ」
「何でも聞いて下さいね、ジュジュサマ♪」
「はい、よろしくお願いします」
時折、『烈!!』の話も含めたオタクトークを挟みながらの会話は終わりを迎えて、透真が席を立つ。
本当にただ仕事として来ていただけのようだ。
ほのかに警戒をしていた、コスプレを通してのナンパだったり、そうでなくとも特殊詐欺や裏バイトなどの後ろ暗いものへの誘導ということもない。
後は家に戻ってから改めてこの会社について公式のホームページとSNSでの評判を確認すればいいだろう。
一方で、海夢はそうして立ち去っていた透真の背中をなんとも切なげに見つめていた。
「あ~ん……トーマさん行っちゃった……久々だったからもうちょっと会いたかったのになぁ」
「あなたたちはひどく親しげだったけど、あまり会ってないのね。何日ぶりなのかしら?」
「昨日会えなかったから二日ぶりなんですよ~! マジで病むぅ……!」
「ふ、二日……?!」
海夢の予想外の言葉に、間抜けにも紗寿叶はあんぐりと口を開いてしまった。
二日が久しぶりという感覚は紗寿叶の中にはないものであり、それを海夢が冗談ではなく本気で言っていることは短い付き合いである紗寿叶にもわかる。
そう言ってしまうほどに、海夢は透真に対して強い感情を抱いているのだ。
それは紗寿叶にとっては意外な出来事であり、同時にムズムズとした『嫌な感情』が胸の中で疼き出してしまうのではないか。
「……五条新菜とは、どうなの? 最近は会ってる?」
「へ? ごじょーくんですか? そりゃ会ってますよ、同じ学校の同じクラスなんですから」
「…………そう」
今は連休の最終日であることを考えれば五条新菜とは三日ほど会っていない、つまり、透真よりも一日だけだが長い時間会っていないということだ。
それなのになんとも思っていなさそうな海夢の顔に、紗寿叶はなんと言葉を出していいかわからなくなった。
(喜多川海夢は……その……五条新菜に恋をしていたんじゃなかったの!? 『烈!!』の時とか、最近の『合わせ』の時の態度からそう思っていたんだけど……よく、わからないわ……)
恋愛とは縁遠い紗寿叶であっても、海夢が新菜へと強い想いを抱いていることは薄っすらと感じられていた。
それなのに、『合わせ』の時からすでにそこそこ以上に時間が経過しているとは言え、新菜に向けていたものと同じかそれ以上のキャピキャピとした態度を透真に向けている。
(……ま、まあ、わからなくもないけど。あの黒崎透真って人は見た目が良いのはもちろんだけど、喋り方とか立ちふるまいとか、そういうのでも洗練されていたようだし……私たちの年頃の女子が、年上の男性に惹かれるのは自然なことだけど……でも、恋愛ってそういうものじゃないと思うんだけど……ああ、だけれど、あんな絵に描いたような素敵な人なら、仕方ない、の……?)
恋愛経験が薄い紗寿叶だからこそ潔癖なところがあり、海夢のそんな態度は尻軽とも思えるものだったために、密かに高かった紗寿叶から海夢への好感度が少しだけ下がっていく。
とは言え、完全に批難するというほどでもない。
二人はあくまでまだ付き合っていたわけでもないし、そもそも付き合っていたとしても別れを告げれさえすれば別の男性に想いを寄せることはおかしなことではない。
それが自由恋愛というものだ。
「トーマさんってめ~っちゃメロイ人でしょ? ジュジュサマ的にはどうだった? どんな印象?」
「いい人……だとは思うわ、短い時間だからそう感じたってだけだけど。それに、あくまで仕事として接していたようだから、実際はなんとも言えないわよ。ただ……ちょっと疲れたわね、心寿の貯めって思って、真剣に聞きすぎたのかしら。頭がちょっとだけふらっとする感じが……」
「あ~、ジュジュサマってめっちゃ可愛いちっちゃさだから、お酒が回りすぎてるのかな……?」
「? なにか言ったかしら?」
「なんでもないですよ~♪ ジュジュサマもトーマさんをよく思ってくれたなら私もマジで嬉しいです! 推しと推しが絡んでたらサイコーですもんね!」
海夢はニタリとした意味深な笑みを浮かべながら、少し頭を抑えているジュジュを見つめた。
(ジュジュサマ、処女なのかな。結構チョロそう~♪ 緊張してごくごくオリジナルティー……アルコールを入れた、リラックス作用抜群のお茶をいっぱい飲んでたし、『御主人様』に嫌悪感とかないっぽいなぁ。最初は御主人様ってばなんであんなに余所余所しいんだろって疑問だったけど……なるほどねぇ、ジュジュサマにはビジネスライクな感じのほうが第一印象良くなるってことかぁ。本当、女の子のことはなんでも知ってるんだなぁ~、あたしのカレピ……じゃなくて、あたしの御主人様は♪)
そう、海夢はこの会合が『黒崎透真が伝説的なコスプレイヤー・ジュジュをハーレムにいれるための策略』、その第一歩だと知っていた。
そのため、密かにお店に伝えてアルコールが入っているブレンドティーを提供し、焚いているアロマもリラックス効果を高めるものにしたことで、紗寿叶が透真へと悪印象を抱かないように演出していたのである。
しかも、紗寿叶はその小柄な身体の影響かそれらの効きが強いようで、透真が立ち去っていた扉をじぃっと見つめている。
本人も自覚していないようだが、透真へと惹かれていることは明らかだった。
「男の人は苦手だけれど、五条新菜やあまねさん……それにあの人なら、そうね。また会っても良いと思えるわ」
(いや~、その目はまた会いたいって言ってますよ! ツンデレジュジュサマ、マ~ジで推せるっ! かわいすぎぃ! 国宝級すぎぃ~!!
……って、言えたら良いんだけど、それ言ったら意地になっちゃって、御主人様なんて好きじゃないって思い出してもダメだろうし……ここは乗っといたほうがいいよね)
紗寿叶自身も気づいていない感情は、すでに透真の虜になっている海夢にはまるっとお見通しというほどにわかりやすいものだった。
恋を知らないからこそ恋に落ちやすい、そういうものなのである。
「また会いましょー。今度はトーマさんと心寿ちゃんも含めて、みんなでコスしちゃいましょ!」
「……そうね、それもいいわね」
紗寿叶はバッグにつけたブラックリリィのキーホルダーを握りしめながら呟いた。
その視線は扉に向けられたままだ。
ある意味では、残酷な光景と言えるだろう。
天然のロリボディで、お人形さんのような整った顔立ちをしていて、オタク趣味を持っていて、さらには妹がいるためにしっかりとした性格の、超絶美少女――――そんな奇蹟のような存在である乾紗寿叶が、結局は『洗練されたイケメンには簡単に一目惚れしてしまう』という現実そのものの光景なのだから。
(続)